大阪地方裁判所 昭和33年(つ)1号 判決 1958年3月10日
請求人 山内誠巍
決 定
(請求人氏名略)
右の者の請求にかかる刑事訴訟法第二百六十二条による審判請求事件について、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件請求はこれを棄却する。
理由
本件審判請求の要旨は、請求人は昭和三十二年十一月一日付をもつて、大阪府泉北郡元忠岡町警察署長であつた佐竹秀澄に、左記審判請求の犯罪事実ありとして大阪地方検察庁に告訴したところ、同検察庁は同年十二月二十六日付でこれを不起訴処分に付し、請求人は同三十三年一月八日その旨の通知を受けたが、右処分には全面的に不服であるから、右事件を大阪地方裁判所の審判に付すことを求めるため、本件請求に及んだというのである。
(本件審判請求の犯罪事実)
佐竹秀澄は大阪府泉北郡元忠岡町警察署長の職にあつたものであるが、請求人が大阪府知事の許可なきにかかわらず昭和二十六年三月八日頃から同月十六日頃までの間及び同月二十九日から同年四月二十八日頃までの間にわたり、同町大津川川床内の砂利、栗石等合計十四坪二合位を人夫に命じてこれを採取せしめて窃取した旨の虚構の事実をねつ造し、同年六月十二日右被疑事実により法律上何等の根拠なくして不法に請求人を逮捕した上、引続き同月三十日まで前記警察署に、同日以降同年七月三日まで岸和田拘置支所に各留置し、もつてその職権を濫用して請求人を不法に逮捕監禁したものである。
本件記録によれば、請求人が昭和三十二年十一月一日付で佐竹秀澄に本件審判請求の犯罪事実ありとして大阪地方検察庁に告訴したところ、同検察庁において同年十二月二十六日付で犯罪の嫌疑なしとしてこれを不起訴処分に付し、同三十三年一月八日請求人はその旨の通知を受けたので、同月十三日付で当裁判所宛の本件審判請求書を同検察庁に差出し、同月二十日同検察庁より当裁判所に右審判請求事実は犯罪の嫌疑なく本件請求は棄却せらるべき旨の意見書を添え一件記録と共に送付のあつたことが明らかである。
よつて本件審判請求の当否について考えて見ると、本件一件記録によれば、(一)佐竹秀澄が昭和二十六年当時、大阪府泉北郡元自治体警察忠岡町警察署長として犯罪の予防捜査等の職務に従事していた者であること、(二)請求人が昭和二十六年六月十二日その主張の如き大津川の砂利等窃取の容疑で前記忠岡町警察署司法警察員の請求により、岸和田簡易裁判所裁判官が発付した逮捕状に基き同警察署に逮捕留置され、次いで同月十四日大阪地方検察庁岸和田支部検察官の請求により、裁判官が発付した勾留状によつて引続き同年七月二日まで同警察署に勾留留置され、同日岸和田拘置支所に移監の上翌三日釈放された事実が認められる。
それで進んで請求人に対する右逮捕勾留が所論のような佐竹秀澄の職権濫用に基いたものであるか否かの点について検討して見よう。
先ず逮捕の点について考えてみると、右逮捕は前示の如く当時佐竹秀澄の部下であつた忠岡町警察署の司法警察員が岸和田簡易裁判所裁判官に請求し、逮捕状の発付を受けてなしたものであつて、この点から見ると佐竹は直接請求人を逮捕したとはいえないが、同人は署長としての立場から右逮捕状の請求並びにその執行につき決裁ないし指示したものと解すべきであるから、その逮捕は警察署長たる同人の所為によるものとして右逮捕について同人に責任があるものといわなければならない。しかしながら請求人主張のように、佐竹において本件窃盗容疑事実をねつ造した如き事実はこれを認めるに足る何等の証拠もなく、又本件逮捕は司法警察員の請求により裁判官が正当に発付した逮捕状に基いてなされたものであること前示のとおりであるからこれをもつて法律に基かない逮捕ともいえない。もつとも右窃盗事件はその後起訴され、その第一審では有罪となつたが、控訴審たる大阪高等裁判所において無罪の判決があり、上告審の最高裁判所においても右判決が支持されたことはまことに請求人主張するとおりである。
しかし、右控訴審判決においても請求人が大阪府知事の許可なくして大津川川床の砂利等を採取したとの本件窃盗容疑の外形的事実はこれを認めているのであつて、これを無罪としたのは請求人が採取した砂利等については未だ刑法窃盗罪の規定によつて保護されるべき程度の管理占有が当局によつて特段になされているものとは認められないことを主たる理由とするものであり、上告審においても右見解が支持せられ、上告棄却となつたものである。しかして川床の砂利等の不法採取と窃盗罪の成否については、従来確立した判例がなく法律解釈上も疑義があつたのであり、現に本件に関し裁判官も窃盗罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、又その必要があるものとして逮捕状、勾留状を発付したものと認められ、又第一審裁判所においても窃盗罪の成立を認めている事実、更にこれに加え、佐竹秀澄並びに当時忠岡町警察署において本件窃盗事件の捜査に当つていた司法警察員川島政一及び同島岩夫の供述により明らかな如く、請求人を本件窃盗容疑で逮捕するに当つては、同人が町会議員の公職にある身であり且つ事案の特殊性に鑑み、大阪府警本部等につき、武庫川、泉州海岸、淀川等における同種事件の先例を調べ又大阪府土木河川課、所轄土木出張所係員等の意見をも徴し更に大阪地方検察庁岸和田支部検察官に事前連絡をしてその指示を仰ぐ等、本件が窃盗罪を構成することを確めた上請求人を逮捕するに至つた事情などを考えると佐竹が窃盗罪の成立を考えたのも当時としては止むを得なかつたものとしなければならないのであつて、同人に所論の如き事実のねつ造や不法逮捕の犯意があつたものとは到底認められない。従つてその後請求人の右砂利等採取の所為が最高裁判所の終局判決で結局窃盗罪を構成しないものと認められるに至つたとしても、これをもつて直ちに本件逮捕を不法逮捕とは認め難い。もつとも、本件一件記録中、納谷長三郎、橋爪鶴蔵の検察官に対する各供述調書、当裁判所が取寄せた大阪地方裁判所昭和二十九年(つ)第五号審判請求事件記録中、裁判所の杉本義助、納谷長三郎、橋爪鶴蔵、久保泰雅に対する各証人尋問調書、並びに当裁判所が本件につき取調べた証人神野友明の証人尋問調書等関係者の供述を綜合すると、所論の如く請求人は平素から佐竹の自治体警察署長としての警察行政の失態を追求し、且つ自治体警察の廃止を唱えていたため、佐竹との間に感情の対立があつたことを窺い得ないわけではないが、前示の如く本件逮捕は裁判官の発した正当な逮捕状により、合法的になされたものであり更に上記川島政一、島岩夫等の供述により明かな如く、当時請求人に罪証隠滅等を疑うに足る相当の理由があり、従つてその逮捕の必要もあつた点特にその逮捕状の請求については同人が町会議員であり、又事案の特殊性に鑑み、検察官の指示を受け慎重を期したものである点などを考えると、請求人主張のように佐竹がその私怨と報復的感情に基き請求人を逮捕するに至つたものとは到底認め難く、又それを認めるに足るだけの確証も存しない。
次に勾留による請求人の拘禁の点について考えてみると、右勾留は前記の如く大阪地方検察庁岸和田支部検察官の請求によつて裁判官から請求人に対する勾留状が発せられ、同検察官の執行指揮により合法的になされたものであり、佐竹においてその勾留の請求ないし執行をなしたものではないから、同人において証拠を作為するなどし、検察官ないし裁判官の権限を利用して請求人を勾留するに至らしめたが如き特段の事情を認め得ない本件においては、右勾留についても佐竹に刑法第百九十四条の責任を問い得ないこと論をまたない。
更に、請求人は、本件の如き窃盗容疑は二十二日間も長期間にわたつて拘束する程の事案でない旨或は刑事訴訟法第六十条の勾留理由が存しないものである旨縷々主張するのであるが、かかる事項は勾留の請求者たる検察官或は勾留裁判官の判断するところであつて、警察署長たる佐竹の関与すべきところではないから、この点について佐竹の責任を追及し得ないことは言うまでもなく、又記録によるも他に同人の職権濫用を疑わしめるが如き証拠は存しない。
以上説示の如く、請求人に対する本件の逮捕勾留は、当時忠岡町警察署長であつた佐竹秀澄の職権濫用によるものとは到底認め難く、本件に関し検察官のなした不起訴処分は正当であつて本件請求は理由がない。よつて刑事訴訟法第二百六十六条第一号に則り、主文のとおり決定する。
(裁判官 西尾貢一 家村繁治 藤井正雄)